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家具付マンションへのこんな質問

いよいよ問題を否定できなくなると、今度は相手をコントロールしたり、罪悪感や恐怖を使って脅迫さえしようとする。 人の目をつかって脅す「わが家の恥だわ」「お母さんがどう思うと思うの〜」「友達に知られるぞ」「すぐにやめないと、クピになるぞ」これが第2段階だ。

同じことをおせっかいなアドバイスの章でも取り上げたが、こちらのほうが表現が激しく、極端になりやすい。 依存症状がひどくなるにつれて、行動を正そうとする努力もエスカレートする。
相手は抵抗し、こちらは激しさを増す。 相手がもっと抵抗すると、だんだんイライラし、腹が立ってくる。
やがて、気が狂いそうになる、もうどうしようもない、これ以上、1分たりともがまんできないと思うと、最後の手段に走る。 「もう、きみとの関係を切るぞ」と脅すことになるのだ。
とうとうコントロールもだめだとわかると、今度は相手の庇護にまわる。 これが第3段階だ。
依存症の人と一緒になって、トラブルをまわりの人から隠そうとするのだ。 アルコール依存症のために仕事に支障を来すと、上司に気づかせないようにする。

ギャンブルで借金がかさんだら、内緒でお金を渡す。 息子が法にふれて捕まったら、ひそかに保釈金を積む。
いずれの場合も、秘密を守ることに協力する。 この救済は、社会的な結果から救うことであって、依存そのものや、その身体的、法的、金銭的トラブルから救っているわけではない。
この努力は、依存症の人のエネルギーを間違った方向に向け、ほんとうにするべきことから遠ざける結果になる。 こうした行動は、いい人は友達を救うべきだと思っている人からは、認められるかもしれない。
しかし、じつは間違いなのだ。 救済は成功しない。
どんなにがんばっても、彼らを変えられないし、依存の問題は解決しない。 救済は権利を与える行為だという専門家もいる。
無意識ながら、依存していてもいいという権利を与えているからだ。 ある意味では、自虐的な人々を虐待しているともいえる。
悲しい皮肉だが、善意から自分を傷つける行動をやめさせようとして、じつは事態を悪くしている。 もし彼らが立ち直っても、それはいい人の救済の努力のおかげではない。
それにもかかわらず、ということになる。 自分たちまで渦に巻き込まれ、樵惇してしまう。
相手を変えるどころか、自分たちのほうが変えられ、行動の仕方も変わってしまうそれも悪いほうに、アドバイスを与えるときと同様、人を救おうとするいい人は、じつは自分の利益のためでもあるのに、相手のためだけというふりをしている。

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